1970年代から金の無い若い連中の間では、「ヤバイけど稼げる」というバイトがこの世には3つあると言われていた。ひとつが病院の死体洗い。ふたつ目がバキューム・カーの内部掃除、そして3つ目めが原発作業員である。最初の死体洗いはホルマリン漬けの解剖用人体を洗うというものだが、これは大江健三郎の小説『死者の奢り』がネタ元の単なる都市伝説で、実際には存在しないというのが近年の説だ。ふたつ目も、「時給はむちゃくちゃ良いけど、ウ×コの臭いが半年取れないらしいぜ」なんてまことしやかに伝えられたものだが、まあ同様であろう。だって、何のためにわざわざ人が入ってバキューム・カーの内を洗わなきゃなんないんだよ。
で、最後が原発作業員である。つまり、都市伝説と同じくらいヤバイ仕事が実際に存在するということだ。僕の友人が語るにどうすごかったかというと、防護服に全面マスク、そしてアラーム・メーターと呼ばれる放射能測定器を持って清掃作業に入るらしいのだが、それは一歩入った時からピーピー鳴りっぱなしだったという。そしてある箇所に近づくと、もう狂ったように鳴り続けるらしいのだが、先輩作業員からは「いいから気にしないで続けろ、やらないといつまで経っても終わらないから」と言われるんだそうだ。
結局何が言いたいのかというと、僕らは原発は良くないとか、メルトダウンの恐怖とか、放射能が恐ろしいとか言ってるけど、本当に恐いのは電力会社というシロモノではあるまいか。 今日NHKのニュースに出ていた作業員の人は、「義務感と言うか、誰かがやらなきゃならないことだからね」と語っていた。そんな誇り高い男達がいる一方で、東京電力とかそうところのエライ人達は、自分は何千万もの給料貰っておいて、末端の作業員は何人か死んでもいいんだと思ってんじゃないの? それって「戦争を早く終結させるため」って大嘘ついて、実は原子力の威力を広島と長崎で実験したかったアメリカと同じだ。原爆だって、投下しなければ何も恐くないんだからさ。
キャッチフレーズが胡散臭すぎるだろ
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輝かしい未来が待っていたはずの民主党政権とはなんだったのか 日本はいまや暗黒時代 言葉も出ない : 無題のドキュメント (via wawawa8888)
「1回やらせて」みたいだ。 |
内部被爆が一番怖い
原発の建屋の中は、全部の物が放射性物質に変わってきます。物がすべて放射性物質になって、放射線を出すようになるのです。どんなに厚い鉄でも放射線が突き抜けるからです。体の外から浴びる外部被曝も怖いですが、一番怖いのは内部被曝です。
ホコリ、どこにでもあるチリとかホコリ。原発の中ではこのホコリが放射能をあびて放射性物質となって飛んでいます。この放射能をおびたホコリが口や鼻から入ると、それが内部被曝になります。原発の作業では片付けや掃除で一番内部被曝をしますが、この体の中から放射線を浴びる内部被曝の方が外部被曝よりもずっと危険なのです。体の中から直接放射線を浴びるわけですから。
体の中に入った放射能は、通常は、三日くらいで汗や小便と一緒に出てしまいますが、三日なら三日、放射能を体の中に置いたままになります。また、体から出るといっても、人間が勝手に決めた基準ですから、決してゼロにはなりません。これが非常に怖いのです。どんなに微量でも、体の中に蓄積されていきますから。
原発を見学した人なら分かると思いますが、一般の人が見学できるところは、とてもきれいにしてあって、職員も「きれいでしょう」と自慢そうに言っていますが、それは当たり前なのです。きれいにしておかないと放射能のホコリが飛んで危険ですから。
私はその内部被曝を百回以上もして、癌になってしまいました。
| — | 原発がどんなものか知ってほしい(全) (via tnoma) |
レンホウ責任とれよ。
蓮舫の仕分け項目。
・ 石油と塩の備蓄 ( 蓮舫の仕分けパフォのいけにえ )
・ 防衛費 ⇒ 自衛隊災害救出活動も縮小 ( 特亜三国にとって脅威だから )
・ スーパー堤防 ( 100年に1度の大震災対策は不要 )
・ 災害対策予備費 ( 復活させたナマホ母子手当ての財源化 )
・ 地震再保険特別会計 ( 子ども手当の財源化 )
・ 耐震補強工事費 ( 高校無償化の財源化 )
・ 学校耐震化予算 ( 自民党の政策だから )
・ 除雪費用 ( 蓮舫が東北地方整備局を目の敵に )
・ 八ッ場ダム ( 自然堤防でまかなうべき )
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★喫茶居酒屋「昭和」肆佰陸拾参日目★ http://toki.2ch.net/test/read.cgi/asia/1299855566/12 (via mcafee-x6) |
昨日の東北沖大地震で亡くなられた大勢の方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。
また、昨日の技術評論社の勉強会にご参加された皆様、無事にご帰宅されたでしょうか。わたくしは結局、徒歩で帰宅致しました。
昨日は京都大学の藤井聡教授を交えて、今後について色々と打ち合わせる予定だったのですが、地震で首都圏の交通インフラがストップし、延期になってしまいました。藤井教授も、名古屋手前まではお越しになられたようですが、その先に進むことができず、京都に引き返されました。
震災の恐ろしさを改めて思い知りました。同時に、徒歩で何十キロも歩いて帰宅される東京のビジネスマン、ビジネスウーマンの方々が、意外に元気が良く、恐ろしいほど整然と歩いていかれるのを見て、なぜか救われる思いになりました。わたくしたち日本国民は、先祖の時代から震災に直面し、それでも何とか乗り越えることを続けてきたわけでございます。
震災で交通インフラが止まってしまったら、怒ることもせず、淡々と、整然と、歩いて帰る。これが日本国民のマジョリティだと思います。
とはいえ、さすがにわたくしも疲労困憊でございますので、本日はご帰宅された藤井教授から頂戴したご投稿のエントリーとさせて頂きます。
本当は、TPPの「試算」の話を書きたかったのですが、さすがに気力が沸いてきません。試算の話は、明日に回させて頂きます。
————「人」が死ぬことを防ぐ「コンクリート」は不要なのか(藤井聡 京都大学教授)—-
東北太平洋沿岸地震の甚大なる被害は、多くの人々にとって、想像を絶するものであるに違いありません。
しかし、少なくとも「政府」にとっては、それは想像することが不可能なものなのでは、決してなかったはずなのです────例えば、昨年の拙著から、引用させていただきます。
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────東北地域においては、三陸沖北部地震、宮城県沖地震がそれぞれ予想されている。ここに、三陸沖北部地震の30年以内の発生確率は90%、そして、宮城県沖地震に至っては99%発生することが予想されているのである。(中略)こうした背景から、我が国政府は、中央防災会議の議論を受けて、ここ何年もかけて、様々な対策の準備を進めてきた。
具体的には、建築基準法における「耐震基準」が改定され、かつてよりより地震に強い建物しか建てられないようになっている。しかし、これでは「新しい建物」が地震に強いだけで、それ以外の膨大な数に上る既存の建物は、地震がくれば、やはり壊れてしまう危険性が高いまま放置されることとなる。
したがって、既に建てられている建物を、とりわけ、少しずつ耐震強化していくことが必要なのである。そして政府は「地震防災戦略」をつくり、全国の建物の耐震化の促進を図ろうとしている。そして、そのために上に述べたような20兆円にも上る予算の多くが必要とされるのである。
ここで、耐震強化を行うべき建物は、もちろん住宅や商業施設も含まれるが、たくさんの人々が利用する重要な建物から緊急に対策を進めていくことが必要である。そして、そうした重要な建物としては、例えば、将来の日本を担う子ども達が通う「小中学校」が考えられるであろうし、たくさんの人々が利用する「運輸・交通施設」も考えられる。
しかし、残念ながら、こうした施設に対する耐震対策は、現在、大きな遅れをとっている。
例えば、前者の小中学校については、その耐震強化に、平成21年度には約2800億円の補正予算が予定されていた。そしてその予算で、全国の小中学校の、約5000棟の耐震化工事を行うことが計画されていた。しかし、政府のいわゆる「事業仕分け」によって、その予算が3分の1程度の1000億円にまで削減されてしまった。このために、耐震化が遅れる小中学校の建物が、2800棟程度に上るのではないかとも言われている 。
また、都市を支える運輸施設である都市高速道路についても、平成21年度の補正予算で、首都高速道路、阪神高速道路を対象として1211億円をかけて耐震化することが予定されていたのでだが、同じく民主党政権成立直後に、とりやめとなってしまった。
いうまでもなく、こうした民主党政権の判断は、「コンクリートから人へ」の考え方を踏まえてのものである。
しかし、皮肉にも「コンクリートから人へ」の転換によって、ほぼ間違いなくいつかどこかで生ずるであろう巨大地震によって失われる「人」の命の数を、増加させてしまうことは避けられない。
そもそもこの現代文明社会の中では、「人」は「コンクリート」の中で「コンクリート」に守られつつ暮らしている。
この現実を忘れて、地震防災などできるはずもない。「コンクリート」を適切に強化することを通じて、はじめて我々は、弱々しい存在ながらも、巨大地震という自然の猛威に対して立ち向かう術を得ることができるのである。
事実、我々はその危機に立ち向かうための「技術」を持っている。阪神淡路大震災以降、耐震のための土木技術、建築技術は大きく進歩している。そして、我が国は経済不況の現時点においてもまだ、他国には真似できないほどの大きな「財政力」を持っている。
今足らないのは、そうした「技術」や「財政力」をもってして、強力に耐震強化を図ろうとする「政治判断」だけなのである。
言うまでもなく、地震が起こってから後悔しても、もう遅い。
~『公共事業が日本を救う』(平成22年10月) 第八章・「人」が死ぬことを防ぐ「コンクリート」は不要なのか~ より
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『地震が起こってから後悔しても、もう遅い。』────悔やんでも悔やみきれません。
あるいは、先月寄稿した新聞原稿から、もう一つ、引用させていただきます。
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地震や台風のメカニズムを誰も知らず,その対策も明らかでなかった中世ならいざ知らず,その予測も対策も十二分に明らかにされている現代で,こうした危機に無策でいること程に「巨大なる不作為の罪」は無い.そもそもそれは(・・中略・・)日本国家の繁栄,ひいてはその存亡をも根底から脅かす程に巨大な「国家的危機」なのである.
この国家的危機を見据えるなら,「コンクリートから人へ」なる耳あたりの良いスローガンを繰り返しつつ票集めに勤しんでいる暇など,微塵も無いはずだったのだ.道路,鉄道,堤防,港湾,そして学校等の各種建物の耐震性の向上や,各種の治水事業,そして首都移転も見据えた防災力向上を期した諸事業への大規模な公共投資を毅然と行い得る政府が,一日も早く我が国に誕生することを,心から祈念したい.
『巨大地震と大洪水による「リアルな国家危機」に備えよ』 より (自由民主:平成23年2月25日)
http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/images/stories/PDF/Fujii/201006-201012/editorial/fujii_2451_8.pdf
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この最悪の巨大地震に対して、「コンクリートから人へ」と叫びつつ政権を奪取した政党の人たちが今、災害対策本部を設置しています。
私たちは、彼らが「巨大なる無作為の罪」をおかしてしまった人たちであることを、絶対に、忘れてはいけません。
しかしそれと同時に、私たちが、そういう人たちを、私たちの国の政権政党として選択してしまったのだという事実もまた、絶対に忘れてはいけません。
例えば、残念ながらこの巨大地震と同規模のM9にも及び、かつ、原発施設を含めた多様な施設が設置されている太平洋ベルトを襲うと言われている「東海・南海・東南海地震」が、30年以内に起こる確率が50%~87%にも上るという事が、知られています。
私たち国民は決して、こうした事実から目を背けてはなりません。そしてそれと共に、その事実から目を背けない人たちを見極め、我が国の命運を左右する政権の座に着く人々として、選択していかなければなりません。
私たち日本人が、そうした未来に向かって確実に進んでいくことができるのか否か───、それは今、目の前で、あるいは、テレビを通して私たちの目前で起こっている東北太平洋沿岸地震の現実の一つ一つの意味を、きちんと受け止めることができるのか否かにかかっているに違いありません。
そのためにも、わたしたちの身の上に、あるいは、わたしたちの同胞達の身の上に起こっている現実の一つ一つを、しっかりと、眼に焼き付けていきたいと思います。
————以上————
必要なものは、必要です。震災大国である日本は、公共投資による震災防止、災害防止の土木工事が必要なのです。
当たり前すぎるほど、当たり前の話です。
この震災大国の日本の公共投資対GDP比率が、自然災害がほとんどない欧州と同じレベルになったなどと喜んでいた連中がいます(日本に)。ふざけるな、と言いたいわけです。
いい加減、イデオロギーや個人の絶対価値に基づく公共投資不要論を終わらせないと、将来の日本国民に不十分なインフラを残す羽目になりかねません。それ以前に、現在に生きるわたくしたちの生命にさえ、危険が及ぶことになるわけです。
いい加減、目を覚ましましょう、日本国民の皆様。
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「人」が死ぬことを防ぐ「コンクリート」は不要なのか(via syunin) |
